《日本巫女史》:甲斐国で古く巫女を白汤文字シロユモヂと称lた事を、
同国の地誌である『裏见寒话』(宝曆顷の写本。)で见た 记忆が有るが、同书
が座右に无いので、参照する事が出来ぬ。此处には内藤氏の教示のままを载せ
るとする。而lて此语源は、甲斐の隣国である信浓は、步アルき巫女ミコの本
场とて、(此详细は本文に记述する。)关八州は勿论の事、远くは近畿地方迄
出挂けた物である。信浓巫女は常に二三人づつ连立ち、一人の荷物を伴うてゐ
るが、道中する时、着衣の裾を褰げ、白汤文字を出lて步くので、遂に此
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